もう一度焼酎とは

mantaWritten by

20141112kanban

 美味いものを食べる事は、誰もがシアワセの時間を共有する事が出来る素晴らしい事。当然、食には飲み物が付き物。焼酎ブームが起こり、そして終焉しました。鹿児島を中心とする焼酎蔵は、ここぞとばかりに増産し一時は若い人達から敬遠されていた焼酎が、あっという間にスターダムにのし上がりました。しかし、急激な上昇は必ず引きも早いのが現実。ここからが、焼酎の踏ん張りどころであり、本質が問われていく時期と考えます。地産地消という言葉を近頃よく聞きますが、地産地消って昔はごく普通にあった流通形態であったわけで、別に今始まった事ではありません。しかし、またここで消極的な考えとして地産地消=安全という言葉を聞く事がありますが、何処にもその根拠がないという事を知らなければなりません。ブームとしての言葉ではなく、本質がどうなのか。正しいのか、正しくないのか。堅苦しく聞こえますが、ブームとして先走ったものはどうしても本質が薄れてしまう。焼酎にも、同じ事が言えるわけであり、名前だけが先に行き、味が昔に比べて落ちてない?という焼酎を多く口にします。昔は、味に芯のある焼酎が大変多くありました。ちょっと、飲み手を拒むような焼酎もありました。造り手と飲み手のお互いの顔が見えない関係の中で、お互いを信じあう関係がこの焼酎ブームにはあまり感じる事が出来なかったようです。客は、酒をとにかく手に入れたい。蔵元はとにかく造らなければならない。余裕がありません。イベントには、蔵元の皆さんが引っ張り出され、酒を大切に育てる時間が少なくなる。結果として、味に悪影響を与えてしまう。要するにブーム独特の欠点が露呈してしまう事になっているのが事実です。その芋焼酎の芋は、どこの産地なのだろうとか、仕込水は何処の水なのか等と考えて飲む人は何割いるでしょうか。しかし、今からはそのような事を知る事により、本当の蔵元さんの姿、土地の風景、そして焼酎の本質が見えてくるはずです。本当の焼酎の時代は、今からが勝負です。  鹿児島黒豚 万太